2008/09/14

過食

今週は、忙しかった・・・。毎日がこんな感じ。↓

朝5時に起きて朝ご飯を作っていると息子が起きてきておっぱいあげながらごはん食べて自転車30分こいで出勤して5時まで休憩なしで(本当に、ない。昼も給食食べながら仕事。)9時間ぶっとおしで仕事して5時に学校出て自転車30分こいでそのまま保育園に息子を迎えに行って家に帰って夕飯の用意をしていると息子がぐずるのでおっぱいあげながらごはん食べて息子をお風呂に入れて寝るまで遊びにつきあっておっぱいあげて寝る。(はじめに戻る×5)

忙しいと感じる隙もないほど。

そう、隙、隙間がなかった。

そのストレスか、金曜の夜にドカ食い。

玄米ごはん4杯、ゴーヤーともちきびの炊き合わせ、モロヘイヤスープ、

茄子味噌、ししとうと厚揚げの煮物、茄子と杏のジャム。

量にすると茶碗7~8杯。怖ろしい・・・。

背中が痛くなるほど食べて、やっと食べるのをやめた。

でも何をどれぐらい食べたか覚えてないの。

繰り返したくないのでよく考えて思い出してみた。

「いただきます」と思わないで食べると全然食べた感じがしない。

胃袋に詰め込んでいるだけ、という感じ。

今、食事は常に家事しながら、息子の世話しながらの「ながら食い」、

しかも立ち食い・・・・。ヒドイ。

もう完全に、忙しさに追われて「こころをなくして」いる状態。

どんなに忙しくても、節度をもって生活したい!

そのためには、どこかでリセットする必要があるんだろうな。

幸い、昨日はつれあいや義父母が息子をみてくれたので、

久しぶりに学生時代の友達と会っておしゃべりしてきた。

すっきりした~。この一週間、ゆっくり会話する時間もなかったなあ。

どんなに忙しくても、いや、忙しいからこそ一息つく時間を大事にしないとね。反省。

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2008/08/17

他の力のあつまり

今日は夫の祖父の一周忌。

法要を済ませてお寺を出ると、門のところにこんな言葉が。

「自分がやった」と思っていることは

他の力の集まりなんだよ

本来の意味の、他力本願のことを説いているのだろう。

マクロビオティックに出会う前、

私はどうしても「自分がやった」という意識から抜け出すことができなかった。

でも、マクロビオティックを始めて、妊娠して、結人を生んで、

私を囲い込んでいた垣根がどんどんとけてなくなっていった。

垣根とは、「自分」とか「私」という言葉で表される意識。

必死になって「私」にこだわっていたときには想像もつかなかったけれど、

別に私が消えてしまうわけではなく、垣根がなくなるだけのこと。

最初から、私と「他」は地続きなのだから。

自分とは、他の力の集まり。

私にできることは、他の力の集まりである自分を生かすことだけ。

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2006/05/20

武勇伝追加

ついに「我や」に行って来ました!
マクロ美風さん・papaさんにお会いできて大感激!
いや~、お二人とも美男・美女ですね。

飲みの場でも、過去の「武勇伝」についてお話しして
笑いを取っていた私ですが、
早速「武勇伝」追加です。
行きにホームで終電の時間を確認しておいたので、
余裕で帰路についたのですが、
何と!
終電は私の最寄り駅の2つ手前までの電車だったのです!
私って・・・
ありがたいことにつれあいが迎えに来てくれました。(涙)
でも車持っていないので一緒に歩いたんですけどね。(笑)

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2006/02/10

最近、出会った言葉たち

書きたいことはあるけれど、
upする時間がなかなかとれない。
とりあえずメモしておきたいことなど。

寺田本家当主・啓佐さんの話
「人間がお酒を造っているんじゃないんですよ。
微生物たちがお酒を造ってくれているんです。
わたしたちはその環境を整えるだけです。」

寺田本家さんはちょっと変わった造り酒屋さん。
玄米のお酒「むすひ」や、
酵母を添加しない「醍醐のしずく」などを造っている。
2/9のNHK「首都圏ジャーナル」で紹介された。
(紹介のされ方にはちょっと不満が・・・)

○森住卓さんのフォト・トークで。
「それで、わたしたちは何をすればいいのですか?」
という質問に対して、
「自分で考えて下さい」

森住さんはフォトジャーナリスト。
セミパラチンスクやイラクの核被害を
写真を通して伝えている。

○田口ランディさんのブログから。
「信じる」とはどういうことか。
たぶん、このごろ思うのは
「ああ、この人はとても辛い悲しい思いをした。
その苦労を自分が受け止めている。
この人はそれを受け止めていく力があり、
それを生き抜く力がある。
それがこの人の人生なのだ」
そう信じることなのかもしれない……。

ランディさんのいう「信じる」は「待つ」に似ている。
直接手を貸すこと以上に
「信じること」と「待つこと」にはエネルギーを使う。
相手を愛していなくても、共感することはできる。
でも、「信じる」や「待つ」ことは、愛がなければできない。

○三砂ちずる『オニババ化する女たち』
(光文社新書)を読んで。

「体をいい状態にするというのは、具体的に言うと、
からだをゆるめるということです。
私ができるのは私自身をいい状態にすることだけで、
私自身を整えていれば、私を使って
伝わってくるものを
使いたい人が使って下さるだろう、
と思っています。」

体をゆるめておけば、
人とのかかわりを楽しむことができる。
自分がいい状態なら、
いい仕事ができる。

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