命どぅ宝(ヌチドゥタカラ)
子どもの頃、
アウシュビッツの大虐殺や広島の原爆の話を聞いて、
「生き残った人は幸せだ。」
と思っていた。
でも大人になって、
そうではないことがわかった。
家族や大切な人を失うことは、
自分の命を失うこと以上につらい。
ましてや、自分一人が生き残ってしまったら。
その後の人生は、苦痛でしかないのではないか。
そう思うようになった。
寿[kotobuki]のライブで
「命どぅ宝」という歌を聴いた。
歌う前に、ヴォーカルのナビィさんが、
沖縄の漫談師(名前忘れた)の
話をしてくれた。
沖縄戦で米軍の捕虜になった人たちのところに、
その漫談師は忍び込んで、漫談をしたという。
「親兄弟、子ども、みんな死んでしまって、
何で笑えるものか」
という捕虜の人たちに対して、
その講談師は、こう言った。
「でもあなたが生き残ったじゃないですか。
あなたの中には、あなたのお父さんやお母さん、
おじいさん、おばあさん、たくさんの人たちの命が
受け継がれているんですよ。
あなたが助かったということは、
その人たちの命が受け継がれたということです。
こんなありがたいことはない。」
これが「命どぅ宝」だ、
と思ったとき、涙があふれた。
自分だけ助かって、ああ良かった、なんて
薄っぺらいことじゃなかったのだ。
「命どぅ宝」とは、
たくさんの命が受け継がれて命が存在していること、
その奇跡を寿ぐ言葉なんだ。
沖縄の人や音楽は明るい。
でも、そこにはつらい歴史や
失われた命への愛(かな)しみが
込められている。
単なる脳天気な明るさじゃないからこそ、
沖縄に惹かれる人は多いんだろうな。
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コメント
はじめまして。奄美大島つながりでここに来ました。
私も沖縄の人はほんと辛い思いをしてると思います。昔も現在も、、、。
でも沖縄の人は頑張って乗り越えてきたんですね、
だからあんなに輝いて見えるんですね。
投稿: Baribare | 2006/02/18 23時20分
寿命という言葉があります。
「寿」は長く連なるの意。
不老不死など望まなくても、人の命は連なっていきます。
誰かの命が自分の中に。自分の命もまた誰かの中に。
命の終わりは、その受け継がれるとき。
だから寿命と呼ぶのだと、教わったことを思い出しました。
投稿: macrobi papa | 2006/02/18 23時20分
はじめまして、Baribareさん。
奄美も過酷な歴史を持つ島ですね。
奄美の島歌は沖縄のそれとまた少し違っていて、
どこか切ないメロディーが多いです。
それは、沖縄では使わない裏声を多用しているのと、
三味線に近い楽器を使用しているためだそうです。
そうでなければ、奄美のつらさや悲しさを表現することはできなかった、と聞いたことがあります。
Baribareさんは元ちとせさんが好きだそうですね。
私も好きです。
投稿: メイコ | 2006/02/19 10時12分
papaさんのコメントを読んで、
命日を「命の日」と書くことを思い出しました。
命の終わりの日である命日は、
始まりの日なのかも知れません。
投稿: メイコ | 2006/02/19 10時22分
メイコさんの記事、そしてみなさんのコメントを拝見して、またひとつ気持ちの整理が出来ました。
義父が亡くなったことを、私の中に何かを託す準備ができたからと、とらえられるようになりました。
受け継ぐ人間の覚悟ひとつで、亡くなった方の思いがよみがえるのかもしれませんね。
投稿: ぢゅん | 2006/02/19 14時24分
ぢゅんさん、本当に。
ちょっと前まで、
残された人がくよくよしていると、
「亡くなった人が浮かばれない」
と、言われていましたよね。
(最近あまり聞かなくなったけれど)
ぢゅんさんの言うとおり、
「受け継ぐ人間の覚悟」しだいで、
亡くなった人の思いが生かされるのでしょう。
生きている人が亡くなった人の思いを受け止め、
生かす。
そうすることで亡くなった人は浮かばれる、
つまり、成仏することができるのでしょう。
投稿: メイコ | 2006/02/19 18時21分
こんにちわ。ブログへ書きこみありがとうございます!
先週、またタマツキで飲んじゃいました。偶然にも、隣では徳田さんがまた酔っ払ってました・・・(笑)。
さて、命どぅ宝の話し。心に残りますね。おっしゃるように、僕も、辛辣な歴史や大和への複雑な思いを乗り越えて明るくしなやかに生きる沖縄の方の姿に強く惹かれます。
ところで、沖縄本島近く、伊江島に「土の家」という旅人の宿があります。命どぅ宝という言葉と共に非暴力・反基地運動を戦った阿波根昌鴻さんの資料館がそばにあるので、訪れるといいかもしれませんよ!
投稿: mio | 2006/03/06 00時21分